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たぬきの館の主人

たぬきの花情報


たぬきの庭に紅色のウバユリが咲きました。
(実は一昨年も咲いたのですがあまり重要のこととは思わずそのままにしていました)
でもネットで検索するととても珍しいことのようです。
紅花ウバユリ (wildplants.sakura.ne.jp)
熊本県、長崎県の一部でしか確認されていないとか!
その花がたぬきの庭に咲いたのです。一昨年も種を取り蒔いたのですが発芽は確認されていません。もちろん今年も種をとろうと思っています。
近くの知人のところでも咲いたという情報もありました。その写真です。

そのほか、たぬきの庭ではオニユリ、キツネノカミソリ、ナツズイセンなども咲き始めました。


たぬきの花情報はインスタグラムフェイスブックでも発信しています。

「山野草のエキ」に古い看板を設置

山野草が保護育成されている「山野草のエキ」。

きのうは保護活動の日でした。その活動の一環で、
現地が過去スキー場であったことを示す看板が近くの公民館にあったのですが、公民館が解体されることになりその看板を「山野草のエキ」前に取り付けました。
現地がスキー場であったこと、また競馬場であったことを知っている人もわずかでしょうが鹿野の歴史です。
15年余り前、私のブログにそのことを投稿したものをリンクします。
鹿野のスキー場鹿野のスキー場!!: 農家レストランたぬき 徒然日記 (cocolog-nifty.com)

実家の用材は濃い茶色・「弁柄」!


築(昭和6年)の実家です。
柱、梁、天井が濃い茶色です。べんがら(弁柄)です。

べんがらという塗料が塗ってあります。その証拠が実家の物置を整理していて見つけました。

今はほとんど生産されていない塗料のようです。
体に優しく、劣化しにくく、理想の材料のようです。
インターネットでしらべると、・・
この実家を建築した大工の棟梁は周南市の現副市長の祖父にあたる方のようです。
棟木に取り付けてある書傳です。

そんな実家です。大切にしていきたいものです。

御日待ち祭を行いました

「御日待ち」を行いました。
「御日待ち」とは、その字の通り、日の出を待つという神事ですが今では家内安全を願うお祀りとなっています。
我が家ではこの時期の行います。
・・と言うのは・・
昭和58年、何年前になるでしょうか、おじさんが車ごと17メート下のダム湖に転落したのですが怪我一つせずに生還しました。それが5月16日です。その日をずっと忘れず我が家の安全の日とするべくこの時期に「御日待ち」をしています。
二所山田神社の宮本宮司さんに来ていただき、レストランのテーブルを臨時の祭壇にして家じゅうの神々の御幣を切り替えお祭りをしていただきました。そして宮本宮司様と家族で会食しました。
これで我が家の一年の始まりです。

里山オープンガーデンかの2024


4月1日から5年目の「オープンガーデンかの」が始まります。
一般家庭の庭を中心に25の庭が参加、あちこちのガーデンで木漏れ日コンサートを行い、期間限定のカフェもオープンします。
「たぬきの館」(カフェレスト)も土、日曜にオープンします。
詳しくは主催する「鹿野の風」プロジェクトホームページから確認できます。
約5000坪の「たぬきの庭」も参加、一部を紹介します。

今咲いている花の一部、山野草といわれるものから雑草まで、花に癒されます。


山の中、自然をお楽しみください。

かくれがマルシェで「臨時営業」

今年も鹿野で行われる「かくれがマルシェ」

火なのあちらこちらを味わってもらおうとする企画です。
「たぬきの館」でもきな粉揚げパン、ポップコーンの出店。
たぬきのおばさんがランチ(1000円)肉うどん(700円)を提供します。


いずれも限定です。予約をお願いします。

我が家のルーツをさがして!


我が家の墓の奥、竹藪の中に「寺戸家累代の墓」なる石塔がある。その裏面に墓誌が刻まれている。
それを読み取ることにした。

昭和10年、寺戸正一(正しくは政一)健立(建立)と側面に刻まれている。血縁はないが祖父にあたる人だ。
読み取れない部分もあるが次のように刻まれているようだ。

昭和10年から375年前(西暦1560年、戦国時代)、「桂林左ェ門」なる人物が「寺戸」の性を名乗ったということか!

とりあえず、ここまで!
あとは仏壇の位牌、その下の引き出しにある過去帳、などを紐解いてみたいと思う。